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- 生物学的製剤
尋常性乾癬治療での「生物学的製剤」とは
- 発信者
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- 岐阜県総合医療センター 皮膚科
- 執筆者
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- 永井美貴
- 岐阜県総合医療センター 皮膚科・部長
キーワード
尋常性乾癬(じんじょうせいかんせん)は、痒みを伴い、皮膚に赤みや赤く盛り上がる発疹が出る皮膚病です。頭皮や陰部、爪など日常生活に支障をきたす部位に生じることも多いです。時に関節症状を併発することもあり、痛みを伴うこともあり、身体的、心理的、社会的そして経済的にも影響を及ぼします。すなわち尋常性乾癬は、患者さんにとっては大変苦痛を伴う皮膚炎なのです。
初期の治療方法としてステロイド外用薬・ビタミンD3外用薬などの塗り薬の塗布や光線療法があります。軽症の場合は改善するケースが多いですが繰り返し生じることもあります。紅斑面積が広く、関節症状等併発しているケースは、外用剤のみでは限界があり、PDE4阻害剤や免疫抑制剤などの内服薬の全身療法を併用します。それでも乾癬の症状が強く、これらの一般的な治療方法では症状の改善が難しい場合があります。そのようなケースに生物学的製剤を検討します。
2010年以降、乾癬に関する生物学的製剤は、乾癬生物学的製剤使用承認施設として指定された機関でのみ使用することが可能となりました。現在、尋常性乾癬では、サイトカインであるTNF-α、IL-23、IL-17が標的となった生物学的製剤が使用可能となっています。当院も乾癬生物学的製剤使用承認施設です。個人差はありますが、生物学的製剤を使用することで初めて、手のひら10枚以上の紅斑が消退し痒みもとれ日常生活を支障なく送れるようになった患者さんが多くおられます。しかし、すべての人が適応になるわけではなく、併発症状や合併症などを理由に導入を見合わせることもあります。
尋常性乾癬の生物学的製剤は、決して魔法の薬ではありません。肥満や喫煙などの生活習慣を見直す必要は当然ありますが、適切な患者さんに適切なタイミングで治療開始することも大切です。患者さんの今後を見据えながら、安全に治療を選択し、継続していくことが重要です。
今回は、尋常性乾癬治療の生物学的製剤ついて解説していきます。
生物学的製剤の使用により躍進している乾癬治療
尋常性乾癬の治療は、症状に応じて、段階的に行います。すなわち、紅斑部位や紅斑面積、関節痛の有無などの重症度に応じて治療を組み立てます。局所療法としては、塗り薬(外用療法)、紫外線を患部に照射する(光線療法)があります。全身療法としては、飲み薬(内服療法)や生物学的製剤(点滴・皮下注射)があります。
尋常性乾癬において生物学的製剤を使用できるようになったのは、2010年以降です。現在11種類(2022年6月)もの製剤を選択することができるようになりました。11種類の薬は、その作用する部位がそれぞれ違いますが、自分で注射をすることができる製剤や投与間隔が2週間のものから12週間のものまで様々あり、その患者さんの症状や生活スタイルなどに応じて選択することが可能です。副作用としては、頻度は少ないのですが、間質性肺炎やカンジダ症、炎症性腸疾患などがありますので、定期的な採血や胸部レントゲンや胸部CTなどの画像評価が必要です。また薬剤費が高く、検査代もかかるため医療費の自己負担額も高額となるため、高額療養費制度が適応となります。
高額療養費制度について
すべての医療保険加入者が利用できます。患者さんの年齢と年収(所得区分)に応じて、1カ月あたりの自己負担限度額が決まります。また過去1年間(直近の12か月間)に、高額療養費の払い戻しが3回以上ある場合は、4回目から負担する自己負担限度額が下がる“年間多数該当”という仕組みがあります。支払いの際に、あらかじめ“認定証”の交付を受けておくと、窓口での支払いを自己負担限度額にとどめることができます。
<“限度額適用認定証”または“限度額適用・標準負担額減額認定証”の交付を受けましょう>
いわゆる“認定証”すなわち“限度額適用認定証”または“限度額適用・標準負担額減額認定証”の交付をうけることをお勧めします。“認定証”は、ご自身が加入する医療保険(保険者)に事前に申請することで交付されます。なお、70歳以上で、所得区分が“現役並み所得III”と“一般”の方は、自動的に自己負担限度額が上限額になるので認定証の手続きは不要です。“高齢受給者証”または“後期高齢者医療被保険者証”を提示ください。詳しくは、厚生労働省のホームページ「高齢療養費制度を利用される皆様へ」をご覧ください。また不明な点は医療機関の医事課などにもお尋ねください。
<付加給付制度>
企業などの健康保険組合や共済組合によっては、自己負担額が一定の金額を超えたときに、その超えた分が付加金として給付される「付加給付制度」がある場合があります。付加給付制度の申請方法については、ご自身が加入している医療保険の窓口にお問い合わせください。
生物学的製剤の治療効果
生物学的製剤の治療効果は高く、5年間で中等症から重症の尋常性乾癬の患者さんの3分の2の方が生活の質が向上したという報告があります。そこでは、皮膚症状は、5年間で約88%の患者さんは治療前より75%も改善し、ほぼ寛解した症例が41%と報告されています。また他の薬剤でも5年にわたり約82.5%の患者さんが治療前よりも90%も改善し、ほぼ寛解した症例が53%程度と報告されています。個人差はありますが、実際の診察でも、従来の治療では難治であった患者さんに生物学的製剤を使用することで皮膚症状が改善し、温泉に行けたり、半そでが着れたりと生活の質が向上したり、関節痛が軽快し、杖をつかなくてもよくなった患者さんもおられました。
全身性炎症疾患としての乾癬
乾癬患者さんには肥満が多いことが国内外から知られています。脂肪細胞からは、アディポサイトカインと総称される生理活性物質が分泌され、その中に炎症性サイトカインであるTNF-αなどが含まれています。それらが、乾癬を全身性炎症に関与させ、この炎症作用によりインシュリン抵抗性(糖尿病など)やアテローム性動脈硬化を促進させ、やがては、心血管障害が将来発症させやすいといわれています。その進行を止めるには、体重コントロールが重要になります。食生活の改善や運動療法が必要になります。また海外においては、生物学的製剤の使用により心筋梗塞のリスクが減少あるいは、血管内皮の拡張あるいは、非石灰化冠血管変化が改善したという報告があります。重症リスクの高い乾癬患者においては、全身療法による早期介入が将来の重症化リスクを軽減する可能性も示唆されています。
乾癬生物学的製剤使用承認施設である岐阜県総合医療センターでの治療
当センターは、乾癬生物学的製剤使用承認施設に指定されているため、生物学的製剤を用いた治療が可能です。乾癬は全身炎症の一つですので、我々は他科や他職種とのチーム医療が欠かせないと考えています。症状に応じて、総合内科・整形外科・循環器内科との併診のみならず、栄養指導やリハビリ訓練なども組み合わせながら治療計画をたてています。また月に1回 皮膚科・総合内科・整形外科医等と乾癬カンファレンスをし、情報を共有し治療計画をさまざまな視点で検討しています。また地域のかかりつけ医と連携も充実させ、患者さんを中心とし地域で治療が完結できるよう心がけています。
尋常性乾癬治療での生物学的製剤のまとめ
生物学的製剤のポイント
- ●塗り薬や飲み薬で十分な治療効果が得られなかった患者さまでも症状の改善に高い期待が持てる
- ●生物学的製剤は乾癬の原因物質「サイトカイン」の働きを直接抑え込むため、高い治療効果が期待できる
- ●副作用で身体の免疫機能が低下してしまうため、感染症等へ十分に注意するとともに、定期的に検診を受ける
- ●高額療養費制度を活用し、自己負担額を抑えることができる
- ●乾癬は全身炎症のひとつである。食生活の改善や運動療法も大切であるとともに、生物学的製剤がもたらす意味も大きい
今回は、尋常性乾癬の治療法、生物学的製剤について解説してきました。 これまで行った乾癬治療で十分な効果が得られなかった方、乾癬の症状が身体の広範囲に現れている方は、まずかかりつけ医に相談してみましょう。かかりつけ医から専門的な検査・治療が必要だと判断された際には、紹介状を持って当センターへお越しください。