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多診療科で支える胃がん治療
- 発信者
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- 岐阜県総合医療センター 外科
- 執筆者
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- 長尾成敏
- 岐阜県総合医療センター 外科・部長
キーワード
岐阜県医療センターでは、患者さん対してベストな治療を選択するために複数の診療科の専門医が協力をして治療にあたります。と言うのも高齢の患者さんは、複数の病気を同時に抱えていることが多いからです。胃がんの手術が必要な患者さんが糖尿病や、心臓病を抱えているというケースがあるのです。そのうような患者さんの命をつなぐために当センターでは、複数の診療科の専門医が連携して治療に取り組んでいます。
複数の疾患を抱えた患者さんを救うため、 複数の診療科の専門医が力を合わせて治療する。
岐阜県総合医療センターでは、「一人の患者さんはいくつかの疾患を抱えた人間である」という前提に立って、「患者さんにとってベストな治療を行う」という基本方針で治療にあたっています。私たちの基本的な考え方を下記にお示しします。
多診療科で協力して治療にあたる基本的な考え方
- ●一人の患者さんは複数の疾患を抱えた人間である。
- ●複数疾患を抱えた患者さんのために多診療科の専門医が協力して治療にあたる。
- ●多診療科の専門医が力を合わせることでベストな治療法の選択をめざす。
各疾患の治療には科学的根拠に基づいて最適と考えられる治療法をまとめてガイドラインがあります。胃がんのガイドラインであれば、あらゆる段階の胃がんの患者さんが最適な治療を受けられるようにきめ細かく記載されています。
我々、胃がんの患者さんに直接接する医師は、常に最新のガイドラインに従って治療を選択するようにしています。しかしガイドライン通りに治療して良いものなのかどうかといった迷いを常に感じています。それは「一人ひとりの患者さんは、胃がんだけ抱えているわけではない」という問題があるからです。糖尿病 心臓病 脳卒中 認知症 肺気腫などいろいろな病気を抱えた状態で胃がんが発見される方がほとんどです。一方ガイドラインは、副作用が許容できる元気な患者さんを前提として推奨される治療です。胃がんの治療は手術にしても薬物治療にしても、副作用を乗り越えて命を得る治療です。副作用が他の病気を悪化させたり、余命を短くしてしまう可能性も十分あります。またたとえ胃がんが治ったとしても、もともとの持病である心臓病で余命の短いといった方も見えます。
日本の医師は専門分野に秀でることが優秀な医師といわれてきたため、大病院に勤める医師はほぼ各分野の専門家です。自分の専門の病気だけはなんとしても治そうと努力をします。裏を返せば、他分野の病気には自信を持っていませんし、余命を予想することもできないのです。
だからこそ各診療科の専門医が、それぞれの専門的な知見を持ち寄り、一人の患者さんを救うために力を合わせて治療にあたる必要があるのです。
胃がんと他の病気を同時に抱えている患者さんの治療
実際にどのようなケースがあるのかご紹介します。例えば、胃がんの手術を受ける患者さんの大部分は、循環器内科の医師の目でスクリーニングされており、必要であればさらに詳しい心臓のチェックを行っています。なかには心臓の病気が重いため、胃がんの治療をしないという結論を出したこともあります。
手術前にはCTでお腹や胸に他の病気がないか確認するのはもちろんですが、大腸がんなどは可能性の高い病気として、消化器内科で大腸カメラも行っています。そこで大腸ポリープや大腸がんが発見されることは珍しくありません。胃がんの治療とどちらを先行させるか、あるいは同時に手術するかなど、複数の診療科の専門医が入念な打ち合わせを行っています。
手術前の血液検査で無治療の糖尿病が発見され、術前に糖尿病コントロールをしてから手術にのぞむ患者さんも希ではありません。
血栓症予防のお薬が、問題となるケースが増えています。
上記でご紹介した通り多数の科と連絡を取り合って治療にあたっていますが、最近特に血栓症とがんの関係が問題となるケースが増えてきました。
血液サラサラといわれるように、心筋梗塞、不整脈、高血圧や脳梗塞など血栓が悪さをする病気をきっかけに、血液が固まらないように保つ薬を飲む患者さんが大変増えています。この薬を飲み始めたところ貧血が進行し、検査をしたら胃がんが見つかるケースも増えてきました。無症状のうちに発見されて良かったこともあるのですが、この血液サラサラ薬をどうしたらよいかという問題に直面します。
血液サラサラということは血が止まりにくいということです。手術をするには大変都合が悪い状況です。手術するときには、薬を中止していただいています。しかし、これらの薬は循環器内科や脳神経内科、脳神経外科の先生等が必要と判断して処方した薬です。内服していることで血栓が詰まる病気を防いでいます。手術のために中止しても本当に良いでしょうか。このようなケースでも、各診療科の専門医と話し合うことが重要になります。
ときには、それほど血栓症のリスクが高くない患者さんにも血液サラサラで脳卒中を予防しましょうと処方が開始された場合もあるでしょう。我々消化器外科医には、血液サラサラの薬を処方開始した医師の気持ちやさじ加減を正確に知ることはできません。他の医療機関で処方開始された場合でも、術前には、たびたび当院の循環器内科や脳神経内科、脳神経外科に薬を止めてよいか相談しています。
また、がんの存在が脳梗塞などの血栓症を引き起こしているとも言われています。トルソー症候群といって、がんの終末期の患者さんには脳梗塞が発生しやすくなっています。原因のよく分からない脳梗塞の患者さんには、がんが原因であったというケースもあります。ですから脳神経内科、脳神経外科との連携も欠かせません。
私たちがめざす、がん治療のゴールライン
胃がん細胞は30回分裂して10億個となり1㎝のがんになるといわれおり、1㎝のがんになるまでには、10年も20年も経過しているともいわれています。しかしすべてのがん細胞が1㎝のがんに育つわけではありません。ほとんどのがん細胞は、体の抵抗力が排除してくれています。この排除する力が失われるとき、すなわち他にいろいろな病気を抱え出した時にがんも発生しやすくなるのです。がんの発生は全身状態の悪化の一部ともいえます。
がん患者さんを治すのではなく、「がんを発生しやすくなった患者さんにどう生きていただくか」をゴールラインとして治療をくみたてていきたいと思っています。
多診療科で患者さんを支える胃がん治療のまとめ
胃がん患者さんの治療であっても、多くの診療科との協力が必要であるということがご理解いただけたでしょうか。私たち岐阜総合医療センターでは、多診療科の専門医が協力して一人の患者さんを救うために力を尽くしています。最後にあらためて私たちの方針をお示しいたします。
多診療科で協力して治療にあたる基本的な考え方
- ●一人の患者さんは複数の疾患を抱えた人間である。
- ●複数疾患を抱えた患者さんのために多診療科の専門医が協力して治療にあたる。
- ●多診療科の専門医が力を合わせることでベストな治療法の選択をめざす。
岐阜県総合医療センターでは、外科、消化器内科、循環器内科、脳神経内科、脳神経外科など複数の診療科が協力して胃がん治療に取り組んでいます。まずは、かかりつけの先生に診ていただき専門的な検査や治療が必要と判断された際には、紹介状を持って当センターに来院ください。